わが母校 バークリー音楽院 Berklee College of Music

*BOSTONに旅立つ*

まだ日本が本格的なバブル景気に突入する少し前の事。
成田空港から国際便に乗って単身で旅立った。

目指すはアメリカ、マサチューセッツ州のボストン。
バークリー音楽院に入学するためだ。

Boston
初めての海外渡航がいきなり留学っていうのも変な話だった。
年齢的にもそろそろ限界かなと考えていた1987年に、
劇的に円高が進んだ日があった。

1985年9月のプラザ合意で流動的になっていた円ドルの為替相場は
それでもまだ1ドルが200円くらいでの推移が続いていた。

87年のある日のことだった。

為替相場は1ドル=138円というそれまでに見たことのない新しい数値を付けた。
留学準備を始めた85年の相場は260円くらいだ 行くなら今だ! そう直感した。

今から考えればそれでもかなりの円安ではある。

でも円高がさらに進んで1ドル=100円になったとしてもはたして自分が
その時にアメリカに行ける状況にあるかどうか確証なんてものはない。

仕事でも家庭でも自分を取り巻く環境は簡単に変化する。

転機というのはタイミングだからそのタイミングに乗るかどうかで結果が変わる。

仕事をしながら留学資金を貯めていて気がついたらある日突然に
それが倍額になってたということは普通に考えて起こりにくい。
宝くじに当たるとか株で大もうけするとか、どちらもやらないから実現はしないが。

しかし当時日本の歴史上最高の1ドル=138円を付けた87年に
ふとあることに気が付いた。

円高がこれだけ進行したということはひょっとすると
留学生活に必要な経費がすべて半額になったんじゃないのか?

もしそうならこんなこと人生でめったに起きる事ではない。
学費から生活費からなにからなにまでもが半額セール。
ある意味貯金が倍になるよりインパクトが強い出来事だった。

このチャンスは逃せない。

その波に乗って海を渡りそしてそれが人生の転機になった。

 

 

*BOSTON再訪*

*それからはや何十年過ぎ2009年にボストンに行ってきた

P1000017.jpg
これは1140ボイルストンストリートの校舎の前

ピアノやギター、管楽器、ドラムなどのプライベートレッスンや
楽器別のラボを行う教室が入っている校舎だ。
ボストンマラソンの爆発があったのはこの通り沿いを歩いて15分くらいの場所

あんな事が起きたとは今でも信じられないくらい、のんびりした街だった
それに比べてニューヨークはなんて騒がしいことか・・・

行ったときも4月でちょうどボストンマラソンが開催されていた。

91年になんとか卒業して帰国したから19年ぶりのボストン。
電車初乗り25セントだったのが8倍の2ドルになってた!
何かの間違いじゃないかと思ったほどの値上がりだが
約20年という時間の経過をひしひしと感じた。

生まれた子供が成人する年月だからね。

日本で起きたバブル景気の期間をアメリカで過ごした私は、それゆえ日本でバブルというものをほとんど経験していない。

渡米したのが87年

卒業して帰国したのが91年

アメリカに行く直前までギター弾いていた銀座の店の客の言葉と帰国してすぐ挨拶に行った六本木のパブのマスターの言葉がそのことを印象的に物語っている。

「何しにアメリカなんか行くの?」 1987年  (銀座の客の言葉)

「お前何しに帰ってきたの?」 1991年 (六本木のパブのマスター)

これが私にとってバブル経済のすべて。

わが母校 バークリー音楽院
Berklee College of Music

 

 

 

 

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